2008年06月17日

宮崎勤が逮捕された日


《宮崎・日向市駅で:07年12月》

今、仕事で使っているクルマは、ひどいオンボロ。ラジオをオンにしても、音が出たり出なかったり、忘れた頃に突然、鳴り出したりして、いつも驚かされる。今日の夕方もそうだった。急にニュースアナウンスが流れ出し、ドキッとした。その内容が「宮崎勤死刑囚に刑執行」。驚きの上乗せだった。

19年前の夏、宮崎勤死刑囚が逮捕された日、彼の自宅に急行した。その時の様子については、すでに、このブログで。
http://ch11037.kitaguni.tv/e206752.html

あの日、五日市町(現あきる野市)じゅうを走り回った。宮崎死刑囚の同級生、知り合いを探し出し、彼についての情報を集めるためである。せまい町なので、各所で他社の記者とかち合わせになる。そうした中で、どこの記者か知らないが、次のようなことを言った。

「こうして取材するのも、このような事件を起こした彼の人間性を明らかにしたいからです」

正直、ビックリした。タテマエとしては立派な発言だが、本気なのだろうかと思った。同級生の話をいくら聞いたところで、本人の人間性を明らかにすることは、どだい不可能だ。自分が当事者になったとしたら、理解できるはず。自分が一度も実際に会ったこともない人物の人間性。それを他人の発言から明らかにしようとするなど、荒唐無稽なことだ。

我々は、ある人物を他人の発言だけで、ああだこうだと言ったりする。法律学的には、他人の発言は伝聞証拠と呼ばれ、証拠能力はゼロ。何の価値もない。ジャーナリズムは法廷と同じ性格の厳密さを必ずしも必要としないが、他人のちょっとした発言で、その人の人間性をあまり云々しない方がいい。

「ヒトを殺した奴は死刑になって当然」というのは簡単なことかも知れない。しかし、そうした考えは、新聞、電波という、ほとんど伝聞証拠のかたまりを判断材料にしていることを、忘れないように。


Posted by とろさぶりん at 21:36│Comments(0)ジャーナリズム
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